東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)について
しばらくブログの更新が滞っておりました。その間に大きな災害が起こってしまいました。未だ安否の確認の出来ていない方々の心情をお察しいたします。日に日にたくさんの犠牲者が出ております。ご冥福をお祈り申し上げます。
地震の瞬間
周知のとおり、2011年3月11日(14:46)三陸沖を震源とした大きな地震がありました。私は15:00からの打ち合わせのため自宅(仙台市青葉区大手町)を離れ、SS30、ウェスティンホテル仙台、仙台中央郵便局に囲まれた大きな交差点におりました。チョット早めに着いたな〜どうしようか?近くのセブンイレブンに入って買い物をしようかと思った瞬間…
14:46、約2〜3分の間大きな横揺れ。大地震特有の緊張感、なかなか終わらない揺れにとても恐怖を覚えました。周囲の建物・信号機はミニチュアのように激しく揺れ、反射的にビルの倒壊も覚悟しました。長時間強い揺れにも関わらず、一部外壁の損傷はあるものの建物の倒壊は皆無。
打ち合わせ中止して帰宅
私の自宅は築30年を超えます。直感で建物自体が大丈夫か?3Fの自宅、1Fのカフェ&ギャラリー(ターンアラウンド)は大丈夫か?と思い、自転車を自宅へ向け急ぎました。街かな同様自宅周辺も変りない状態にホットしました。それ以降、停電…都市ガス停止…。現状、停電は復旧、水道も無事。友人数人と支え合い不安な日々をなんとか過ごしております。(15日12:00現状は雨につき部屋に待機)
そして…感謝のこと
同じ被害者に関わらず、無料でカレーを振舞っていた大手町の「かつどんのかつどん家」。無料でおにぎりを振舞ってくれた五橋の「岩沼屋」本当にありがとうございます。
それにしても…地震後の一瞬、気持ち悪いくらい大雪が降ったな。写真はその時の様子。
4 コメント頂きました!
193さん
ご無沙汰しています。Rikoです。
TwitterでしばらくTLを追っていましたが、なかなかTweetがなく、心配していましたが、ご無事で本当に良かったです。
地震の瞬間、東京にいる自分も本当にどうなることかと思ったくらいの尋常じゃない揺れ(しかも長時間の揺れ)の中で、かなりの恐怖を感じました。結果的に、無事に乗り切れましたが、実家は液状化で家が傾くなど、宮城、岩手から遠く離れた関東でも、この被害でしたので、本当に大変だったと思います。これからも、何かお力になれることがあれば支援させていただければ幸いです。
取り急ぎ。無事であったことにほっとすると同時に、被災された方へのお見舞いを申し上げます。
>Rikoさん
コメントありがとうです。とても心強いです。
自分は食料もかなり恵まれている状況です。今後の行動も考えられる程度。
それと支え合う仲間もそばにいて、地震後は一緒に生活してます。
東京も長い揺れだったんですね。Rikoさんのご実家が液状化…
僕は高いビルの真ん中にいて、本当に倒壊を覚悟したのですが…日本の建築はすばらしい!と、思うほどでした。
寒さもアラジンストーブを囲み、その上でカレー(材料は乏しいが…)調理してなんとかしのいでいます。
海の近い友人も多々おりましたが安否の確認もとれました。今回は津波がひどかったから…とても心配だった。
原発の振る舞いが予断を許しませんが、がんばって切り抜けます!
Rikoさんコメントありがと>_<!
193
箱根のあやこです。
193の無事を知ることができてよかったです。
私の身内の安否は確認できました。皆さんのご無事を祈っています。
>あやちゃん!
193の家族、友達みな無事です!
今は数人で避難生活してます@193宅。ほかの方に比べると物資は充実して心の余裕もあります。
あやちゃんの親族の安否確認できて何より!
まだまだ予断を許さないですが頑張っていきます!
お互いに〜!